2007年11月1日(月) 地震から9日
ボランティアセンターに行ってきた。
行った時間が悪かったのか、人手は十分足りており、2時間待たされるとかで、結局なにもせずに帰ってきた。
人手よりも、それらを輸送するための車両が不足しているらしい。
被災地に人手が足りず、ボランティアセンターでは余るというどうしようもない事態になっている模様。


一旦アパートに帰ってから、私が被災時にいた蓬平温泉の集落、蓬平地区の住民が避難している
長岡農業高校の体育館に行ってみた。体育館表には仮設お風呂も設置され、
生活には比較的不住しない環境だったが、風邪が蔓延していて大変だそうだ......
運良くバイト先のH常務にお会いすることができたので、
私が蓬平を脱出してからのその後を聞かせてもらうことが出来た。
あの後、私たちのように歩いて脱出した人も居たそうだが、、
ほとんどの人達は近くの小学校の体育館でもう一晩明かしたとのこと。
そして、地震発生から2日目、軽車両が長岡へ降りられるようになり、長岡農業高校体育館へ避難してきたとのこと。
27日に貴重品等を取りに集落の人達が蓬平へ向かったところ、震度6の余震が発生、
道が崩れる恐れがあったので、自衛隊のヘリで脱出してきたそうだ。
現在、蓬平へは自衛隊車両と許可車両以外は入れないことになっており、徒歩で入ることも許可されていない。
バイト先のF温泉旅館ですが、蓬平温泉でもっとも被害が少ない旅館だったとは言え
年内の営業再開は無理だろう、例え再開できたとしてもお客が来ませんでしょうし・・・・・・
ボイラー室が傾き、離れの建物が半壊したY温泉旅館ですが、廃業するかもしれないとのこと、
F温泉旅館も従業員を一時全員解雇という形を取ったそうです。つまり、事実上の失業。

高町団地

地震発生から9日、長岡市の信濃川東岸南部を自転車で走り回ったところ、
もっとも被害を受けたのが濁沢地区(火事と土砂崩れで全壊、半壊した家多数)
次に蓬平(土砂崩れで半壊した家多数)、村松=横枕(大きな地割れ、陥没、隆起、車庫が潰れている家多数)
高畑=鉢伏≠高町(地割れ、陥没等、住宅にクランク、車庫が潰れている家少)
西片貝=栖吉(地割れ、陥没等)と東山のふもとで南(震源地がある方)へ行くほど酷くなっているのがよくわかる。
あくまで客観的にみた被害状況。
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